南方を訪ねて in 高野山  

11月20日(土)実施
「南方を訪ねて in 高野山」の下見にお山にのぼって参りました。

南方家は真言宗で、熊楠も真言宗の高山寺(田辺市)に眠っています。また、親しくしていた水原堯榮が住職を務めていた高野山別格本山親王院に遺骨の一部が預けられています。

熊楠は幼少期に2度、壮年を過ぎて2度、計4度高野山にのぼっています。
水原堯榮ものちに高野山の管長になるのですが、当初ロンドンで知り合った土宜法龍(高野山真言宗管長 第386代金剛峯寺座主)と親しくしており、大正9年、10年と高野山を訪れた際には法龍が管長のときでした。

さて、大正10年に高野山に行った際は、ほぼ11月の一月を植物調査に当てています。
今回の「南方を訪ねて」は、熊楠が過ごした時期と重なりますので、時間を超え、熊楠がいた空間を共有しませんか?
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いたるところで、開創1200年記念大法会イメージキャラクター「こうやくん」が出迎えてくれます。
当然笠は熊楠が高野山で採集した「キノコ」を意識したものです。
そんなはずないか!?

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お山では銀杏が色づきはじめていました。

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大門
大正9年、大門前で熊楠は、同行した小畔四郎、川島草堂、坂口總一郎、宇野確雄らと記念撮影をしています。
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おっとお山は15℃
お山の標高は約900mなので、単純計算で0.6×9で5.4℃田辺市より寒い。
ちなみにこの日は、気象庁によると

高野山
最高気温 14時 18.5度
最低気温 24時 12.6度
白浜(田辺に測定所がないので。。。。)
最高気温 13時 25.7度
最低気温 24度 18.9度

7℃くらい違いました。冬のスーツ着てきて正解!!

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壇上伽藍の金堂
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カエデも色づき始めています。
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根本大塔
小さく見えるけど、バカでかいんですよこれ。右下の人と比較してみてください。
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修行僧たちが。。。。
同行した神田さんも経験者だとのこと。
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奥山先生と合流後、高野山別格本山一乗院へ

ビッグニュース
一乗院さんのご厚意で、庭と楠本龍仙画「南方熊楠像」の掛け軸を特別にお見せいただけそう!
本当は昼食を一乗院さんでとりたかったのですが、一番安いので5000円、ちょっと、このツアーでは手が出そうにない。。。。

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金剛峯寺へ

門前の盥と水桶

結界や魔よけを意味する杉葉。葉の先端を外に向けて敷くのが慣わしです。  
金剛峯寺を初めとして山内寺院の門前には大きな盥(たらい)や水桶(みずおけ)が用意されます。左右一対であったり、門前までいくつもの水桶が等間隔で並べられることもあります。盥の手前には杉盛りとも呼ばれる杉の枝葉を独特な形に設えたものを置き、さらには道の両側に杉葉を敷き並べることもあります。現在、こうした盥や水桶が用意されるのは、山内の主要な法会や各寺院においての催しなどがあった場合に限られています。
 従来、この盥を「馬盥(ばたらい)」とも呼び、馬を洗ったり水を飲ませるためのものだと説明されることもありました。が、馬に与える水を寺院の門前に置くのは、いかにも不自然といわなければなりません。
 こうした盥の用途が不明確なのは、記録している文献が少ないこと、逆に言えば、盥や水桶が日常的に使用するべきものであって、記録するに足らないものであったことを示しています。それが現在に到って、明確な用途が分からなくなり、馬の飲料水などと誤って伝えられるようになった可能性も考えられます。
 それでは高野山周辺地区の寺院ではどうかというと、同じように盥や水桶と杉盛りが行われており、参拝者の清めの手洗いと、杉葉は手をぬぐうために使用していたそうです(注1)。
 盥の用途をさらに確かにする資料として、高野山麓の丹生酒殿神社に現存する絵馬が参考になります。この絵馬は丹生酒殿神社に対して高野山側が奉納した「高野山鎮座渡御之図」というもので、その中に、渡御(とぎょ)先の寺院である門前に水を張った盥が置かれていて、しかも柄杓(ひしゃく)が添えられて描かれています。つまり柄杓があることによって、手洗い用であることを意味していることになります。ただし、同じ絵馬の中には別寺院の門前も描かれ、そこには盥のみで柄杓が置かれていません。これをどう理解するのかは、今後の課題ということになります。
 一方の杉葉を盛ることに関しては、本来、地面に敷き、手を清めた水が地面に当たって跳ね返らないようにするものであったものが、現在のように杉葉を盛った形に変化したのではないかという説も提唱されました(注2)。
 何れにしても、当時は普通に使用していたものが時間と共に忘れられ、本来の用途とは違った意味に解釈されてきたということになります。
 ちなみに現在も柄杓が置かれていないのは、心ない人によく持ち去られることもあったようなので、いつしか置かれなくなったという話もあるようです。こうしたことが、盥の意味をさらに分かりにくくした一因なのかも知れません。
 また、地面の道沿いに敷く杉葉は結界を示すもので、神様の通る神聖な道であることを意味しているということです。

注1『山寺閑談』「法会の水桶と杉の葉について」井上龍雄著 昭和52年発行
注2「高野山教報」第1419号「高野山各院の門前に祀られる手水鉢と手水桶」日野西眞定著 平成20年3月1日
                                            【高野山霊峰館ホームページより】

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杉盛り
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杉葉は結界を示す
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金剛峯寺
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金剛峯寺から壇上伽藍への道
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2008年の同所
11月17日

さてさて、今年の紅葉は早いのでしょうか?遅いのでしょうか?
ついでに言えば、護摩壇山は散ってますよ。
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高野山霊峰館
1921年 5月15日開館。館長には歴代座主が就任。
1921年は大正10年。そうです。初代館長は土宜法龍なのです。
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霊峰館前のキノコ
このキノコ、菌類図譜に載ってるのかなあ?
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今回は時間の都合でコースには入ってませんが、奥の院も熊楠は行っています。
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よし! 今年は奥院で熊楠が写真を撮影したところを特定するぞ!

もちろん、プライベートで。

間もなくホームページ、新聞紙上で募集のお知らせを流せると思います。

【くまちゃん】
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by kumagusu-m | 2010-10-17 02:10 | 展示・イベント | Comments(0)

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