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植物研究園  

この度、南方邸内に研究園を整備しました。

な~んてね。
粘菌(変形菌)用に、ほだ木をもらってきて、庭に置きました。
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もっとも探しやすい時期は、梅雨の後半の晴れ間か、梅雨明けの頃。

要するに今日のような日です。
残念ながら今はありませんでした。




【くまちゃん】
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by kumagusu-m | 2010-06-24 16:48 | 南方邸 | Comments(0)

今年も粘菌(変形菌)発見  

今年も変形菌がでてきました。

ムラサキホコリの仲間です。

詳細は、もうすぐ萩原先生来るので、見てもらおう。

昨日発見したのですが、昨年と同じ柿の木にあります。
昨年は7月18日に撮影しましたが、今年は1月も早く発見できました。

昨年の様子はこちら



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ナメクジ君と
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ナメクジ君、あんまり粘菌の上を這わないでおくれ。
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案の定、顕彰館の格子にも出てきています。防腐剤塗ってるんやけど。。。。。。。。

この状態って、どんな状態やろ。



【くまちゃん】
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by kumagusu-m | 2010-06-13 14:25 | 南方邸 | Comments(0)

大法輪 6月号  

大法輪 2010年 06月号 [雑誌]

大法輪閣


顕彰会学術部の奥山直司高野山大学教授の「南方熊楠と大乗仏教 (上)真言僧・土宜法龍との交流をめぐって」が掲載されています。(P132-139)

奥山先生は、先頃刊行された『高山寺蔵 南方熊楠書翰  -土宜法龍法龍宛 1893-2922』の編者の一人で、その書簡を使い、熊楠が仏教をどう考えていたかが、解説されています。





【くまちゃん】
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by kumagusu-m | 2010-06-12 10:59 | 書籍 | Comments(0)

講演会をしていただいた先生方へ  

さて、月例展(野口利太郎展)も明日から開幕です。
やっと、手が空いたので『ワークス36号』に掲載予定の講演会の内容をチェックし始めました。
お嬢がテープ起こしをしたものを、訂正しています。
まずは岸本さんのから。

10歳違ったら違うもんなんでしょうか?
エテ公(猿公)が分からないようです。なんか変な具合に起こされてました。

岸本さんの終わったら申し訳ありませんが、本日テープ起こしが終わった山折先生(第20回南方熊楠賞受賞記念講演)に行かせていただきます。

気安い先生は後回しでございます。



近々?送りますのでよろしくお願いします。




【くまちゃん】
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by kumagusu-m | 2010-06-04 19:32 | その他 | Comments(0)

野口利太郎展のみどころ  

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6月5日~7月4日まで
「第26回月例展 南方熊楠とゆかりの人びと 第9回 野口利太郎」
を開催します。

野口は熊楠の信頼があつく、熊楠没後も遺族の面倒をよくみました。また、熊楠の記念館建設を熱望して奔走した人物です。

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【野口所蔵 河東碧梧桐短冊】

河東碧梧桐は熊楠の同級生正岡子規の高弟。
碧梧桐が明治44年全国巡遊途次田辺を訪れました。野口は御坊で碧梧桐を出迎えます。

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【日記 明治44年】

田辺滞在中、碧梧桐は毛利柴庵に連れられ熊楠を訪ねます。
そこで、歓談するのですが、碧梧桐は熊楠に請われるまま熊楠の日記に俳句を記します。

木蓮が蘇鉄の側に咲く所

これが、両者の交流の始まりです。

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【行幸記念団扇】
昭和4年天皇陛下へのご進講の折、表には川島草堂の手による介(貝)品図と熊野五景図、裏に碧梧桐の句を印刷した2組10枚が献上されました。翌年神島に記念碑を建立した際、同様のものを作成し、関係者に配りました。

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【野口宛野長瀬晩花書簡】
野口は画家との交流もありました。近露(現田辺市中辺路町)出身の野長瀬晩花とも交流があり、手紙からは晩花にとって野口がどんな存在だったのかが窺えます。
また、晩花は野口に「石」を譲ってもらい、そのお礼を述べています。その石とは「古谷石」のことだと思われます。

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【野口利太郎来簡】
熊楠に宛てた野口利太郎の書簡です。顕彰館に残る唯一の野口来簡です。

野口は昭和51年地方文化の分野で第7回田辺市文化賞を受賞しています。
その際の資料を見ると(M・Sさんありがとう!)、野口は古谷石研究家としても紹介され、昭和10年11月東都日本橋三越で古谷石展覧会を開催しています。
この来簡なんと、昭和10年11月15日付で東京から出しているんです。
東京での出来事を熊楠に報告しています。(東京では晩花とも会っています。)
M・Sさんの資料がなければ、なぜ野口が東京から手紙を出しているのか分かりませんでした。

b0138370_194767.jpg 【古谷石】
熊楠が植物研究の協力者、大江喜一郎の娘が結婚する際に贈ったもの。
野口とは直接関係なさそうなんですが、古谷石を紹介するため今回展示します。



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【野口利太郎色紙】
野口は俳句から短歌に転向、昭和27年に田辺アララギ会を創立結成。
左は「南方記念館たてよと鳶はなくのでせう・・・・・」の歌
右は白浜の天皇歌碑建立の際に詠んだ歌

※野口の熱望した記念館は南方熊楠顕彰館として南方熊楠邸の隣に平成18年5月にオープンしています。

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【鳥山啓の短冊】
鳥山啓は田辺出身で、和歌山中学校時代の熊楠の恩師。熊楠も鳥山啓の短冊を持っていましたが、こちらは野口所蔵のもの。

期間中、説明会も行いますので、是非南方熊楠顕彰館へお越し下さい。
詳細はこちら




【くまちゃん】
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by kumagusu-m | 2010-06-01 19:32 | 関連展示・イベント | Comments(0)