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南方熊楠 もうすぐ生誕150年記念講座 in 青山   

田村義也さんの講座が青山ブックセンターで開催されます。
ご興味がございましたら是非ご参加ください。

南方熊楠 もうすぐ生誕150年記念
《文字・きのこ図譜・マンダラ》で迫る
南方熊楠のABC  ~熊楠が遺した資料もすごかった。

日程:2016年2月5日 (金)
時間:19:00~21:00
料金:2,700円(税込)
定員:45名様
会場:青山ブックセンター本店内 小教室

お申し込み、お問い合わせは青山ブックセンターへお願いいたします。



【くまちゃん】
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by kumagusu-m | 2015-12-25 17:11 | 関連展示・イベント

シンポジウム「荒俣宏 熊野を語る    ~ひとは熊野に何を求めるか~」  

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 田辺市では、田辺市の魅力を全国に広く発信し、 交流人口の増大を図ることを目的に東京でシンポジウムを開催します。
観光PRブースも設置予定ですので、ぜひお越しください。顕彰会書籍・オリジナルグッズも販売予定です。

◎シンポジウム「荒俣宏 熊野を語る ~ひとは熊野に何を求めるか~」
◆日 程 : 平成28年1月30日(土)
◆時 間 : 午後1時30分から午後4時30分頃
◆会 場 : 御茶ノ水 ソラシティ 2階 sola city Hall 
       (東京都千代田区神田駿河台4-6)
◆内 容
 1)基調講演 講師 世界遺産熊野本宮館名誉館長 荒俣 宏 氏
 2)パネルディスカッション 
   コーディネーター 荒俣 宏 氏
   パネラー 能楽師 津村 禮次郎氏、歌舞伎市川流総代 二代目 市川 紅梅氏、
        真砂 充敏 田辺市長

シンポジウムチラシ

◆申込方法、問い合わせ先
 田辺市 観光振興課
 TEL:0739-26-9929
 FAX:0739-81-1286
 ※市役所は12/29-~1/3まで休みとなります。


【くまちゃん】
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by kumagusu-m | 2015-12-25 17:04 | 関連展示・イベント

熊楠映像の発見について  

NHK和歌山放送局で熊楠の映像が発見されました。
「熊野路」と題された映像の中に20秒ほど熊楠の映像が映っています。
野村益三子爵が撮影したものです。

野村益三 (のむらますぞう)
1875−1959
1875.3.5東京生まれ。野村靖の嗣子。1904.3東京帝国大学農科大学卒。和歌山県立粉河中学校教諭、1909.2襲爵(子爵)。1910年ドイツ留学。1911.7貴族院議員に就任し、1946年まで在任。教科書調査会副会長、帝国水産会長、産業組合中央金庫、大日本育英会各評議員、国語審議会委員、北支那開発株式会社監事等を歴任。1959.12.25死去。(国立国会図書館HPより)

野村益三は昭和10年5月18日南方邸を訪問し、熊楠と会っています。
翌19日の大阪毎日新聞に

薫風の 紀州沿岸 野村子の称賛
帝国水産会長野村益三子は17日夜白浜温泉白良荘に投宿、18日県水産試験場、南方熊楠翁を訪ひ、湯の峰温泉に向つた。旅行家として幾多の旅行記の著述のある野村子は語る。
私はこの23年内地沿岸をずつと歩いてゐるが、紀州沿岸だけはみてゐないので、これで内地の沿岸は一巡するわけである。こちらへ来る汽車の沿線は、住宅や田畑の状態が非常にゆつたりとしてゐて気持がよい。そして柑橘の花の香が汽車の中まで高く、薫風四国に達するといはれてゐるが、これでは実際四国まで薫つてゐるかも知れぬと思つた。

とあります。

熊楠の日記では
11時45分に起床。
12時45分に毛利柴庵が来訪。
1時3分に野村益三と県職員の谷口毅一が自動車で来る。
3時50分野村、谷口が湯の峰に向かう。
4時10分毛利が去る。
となっており、約3時間南方邸に滞在していたようです。

さて、熊楠は昭和9年12月、新庄村(現田辺市新庄町)らの人々とともに、神島を国の天然記念物にするため申請書を県を通じ国に提出しています。
野村から熊楠に来た手紙をみると、

昭和10年7月22日
拝啓 其後御起居如何に入らせられ候哉
さて本日局長並三好氏に面談承及ひ候事は
一、三好氏は八月上旬、神島のみに限り出張、

二、該島はすでに仮指定に相成居る事故、調査会の方は勿論無異議決定すべく

三、本指定の発令は、毎年明治天皇聖蹟発表の期限たる十一月三日以後たるべく

・・・・・・

と神島の指定について、野村に問い合わせたようです。
三好氏とは、天然記念物保護に尽力した東京帝国大学名誉教授三好学のことです。
三好は手紙の内容通り8月5日に南方邸を訪れ、熊楠らの案内で神島を調査しています。
その後、昭和10年12月24日、神島は国の天然記念物に指定されました。

また、熊楠は野村益三に安藤蜜柑を送っていたようです。

昭和10年12月3日
・・・・・・
さて又昨日は御心入り之珍果数々到来、一同満悦罷在候 
本日三好、会田、両氏へ裾別致候
・・・・・・

昭和10年11月27日の熊楠日記には、粘菌研究の弟子上松蓊に木箱1、柿20個、安藤蜜柑71個送ったと書いており、翌日の28日には平沼大三郎と野村益三に送ったとあります。
会田は在米時に交流のあった三好太郎です。


◯人物関係
野村は、娘文枝の夫岡本(のち南方)清造の上司だったようです。

清造が水産講習所に勤務していた頃、上司、野村益三(大日本水産会長)の使いで熊楠に電報を打ったことがある。一九三五年十一月のことで、電文は「令息の奇禍同情に堪えず。一日も早く御本復を祈る」。これは、某日熊楠の尿道に家ダニが侵入、発熱により膨張したことを聞いた野村が、お見舞いに打電させたものである。それとは知らぬ松枝は、電文を一読、京都・岩倉病院に療養する熊弥の身になにか災難があったことを、家人より先に野村が知って打電したものと解釈し、大声をあげて泣く声に、昼寝の熊楠が目を覚まし、「令息」の意味を説明してやっと落ち着いたという一幕があった。清造はこうして南方家と結婚以前から奇しき縁で結ばれていたのだった。『南方熊楠を知る事典

次に、ウィキペディアの内容ですが、
柳田國男の弟松岡静雄の妻初子は野村益三の妹(野村靖五女)になるとのことです。
要するに野村と柳田は義理の兄弟ということになります。

また、
震災後(関東大震災)は鵠沼西海岸に居を構え、神楽舎(ささらのや)と名付けて言語学、民俗学を研究し、同じ軍人出身の「岡書院」店主岡茂雄の勧めもあり、十数年で多くの著作を残した
との記載もあります。


現在刊行されている『南方熊楠日記』には野村益三の名はありません。
大正3年以降に野村と知り合ったと推察できるのですが、柳田國男、岡茂雄どちらを介して知り合ったのでしょうか?
はたまた全く違うルートで知り合ったのでしょうか?
興味は尽きません。

なお、NHKのニュース映像は「わかやまアーカイブス 野村益三」で検索するとヒットします(2015.12.6現在)。


◯調査協力
岸本昌也
田村義也
HNK和歌山放送局
(敬称略)

みな様ありがとうございました。
いずれ、熊楠ワークスに載るでしょう(笑)




【くまちゃん】
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by kumagusu-m | 2015-12-06 16:31 | お知らせ

NHK和歌山での「熊楠映像」放送について  

和歌山県内のみの放送ですが、12月3日(木)、NHK総合テレビ(和歌山放送局)におきまして、熊楠の映像(動画)が流れます。
歩き回っているわけではありませんが、話している様子はうかがえます。
熊楠の映像(動画)は今まで見たことがありませんので、ご興味のある方は是非ご覧ください。

番組名:あすのWA!
放送局:NHK総合(和歌山県のみ)
放送日:12月3日(木)
放送時間:18:30~19:00 うち5分くらい
「わかやまアーカイブス」のコーナーにて

放送予定についてのホームページはこちら







【くまちゃん】
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by kumagusu-m | 2015-12-02 15:54 | お知らせ